Masuk窓の外は雲一つない青空だった。
「せやけど……」
「凜の顔を見る時間くらいある」「そうじゃなくて……」――自分のせいで……。
その先を上手く言葉にできない。「昨日、着替えとかも持ってきてくれたし、うちは大丈夫やから。会社の方、行ってきてもええんやで」
「俺が会いたいから来てるだけだ」 その言葉に、思わず視線を落とす。 頬が熱くなるのを感じる。昨日より身体はずっと楽になっていた。
耳鳴りも今は落ち着いている。医師からは、もう少し検査を続けて問題がなければ退院していいと言われていた。
「耳は?」
「今は大丈夫」「窓の外は雲一つない青空だった。 凜は病院のベッドに背を預けながら、向かいの椅子に座る理玖を見つめる。「……会社、大丈夫?」「ああ、心配するな」「せやけど……」「凜の顔を見る時間くらいある」「そうじゃなくて……」――自分のせいで……。 その先を上手く言葉にできない。「昨日、着替えとかも持ってきてくれたし、うちは大丈夫やから。会社の方、行ってきてもええんやで」「俺が会いたいから来てるだけだ」 その言葉に、思わず視線を落とす。 頬が熱くなるのを感じる。 昨日より身体はずっと楽になっていた。 耳鳴りも今は落ち着いている。 医師からは、もう少し検査を続けて問題がなければ退院していいと言われていた。「耳は?」「今は大丈夫」「眩暈は」「ないよ」「気分悪くないか」「大丈夫やって」 何度目か分からない確認に、凜は思わず苦笑する。「理玖、昨日からそればっかり聞いてる」「倒れたなんて言われて、心配しないやつがいるか?」「それはそうやけど……」 凜は理玖の顔をじっと見る。 目元には濃い隈が残っている。「理玖、ちゃんと休んでほしい」「心配するな」「そんなん無理やし……」「大丈夫だ」 返事が早い。――絶対、大丈夫やないのに。 どう伝えれば休む気になってくれるかを考えていると、多床室のスライドドアが開いた。 凜は入口へ視線を向けた。 初老の男性が病室をゆっくりと見回していた。 身体にフィットした高級そうなスーツが、病院には似合っていない気がする。 男性と視線が合った。――どこかで見たこ
「俺はもう全部知ってる。今ならまだ、自分の口で話す機会はあるぞ」 理玖の言葉に、堂島尊の表情がわずかに強張った。 ほんの一瞬。 次の瞬間には、尊は口角を歪めて鼻を鳴らす。「何を知ったつもりか知らんが、言いがかりはやめてもらおう」 理玖が小さく息を吐き出した。「お前が山下という男を使って大雅に近づいたこと。白川ホールディングスの件でも、山下を動かしていたこと。それから――」 理玖は尊を真っ直ぐ見据えた。「凜のこともだ」 尊は無表情のまま理玖の話を聞いていた。 やがて、呆れたように小さく息を吐く。「随分と都合よく話を繋げたものだな。それで? 俺がやったという証拠でもあるのか?」 尊の口元には、再び薄い笑みが浮かんでいた。「山下の会社の立ち上げに出資しているな」「うちはいくつもの会社に出資している。そんなもの一々覚えてられない。山下という男の会社もその内の一つだったというだけの話だろう」 即座に返ってくる。 理玖はスマートフォンを取り出し、画面を操作した。 尊と紗夜の間で交わされたメッセージを表示し、テーブルの上へ置く。 尊は画面へ目を落とした。 その表情から笑みが消える。 尊はしばらく黙って画面を見つめていた。「……なるほど」 やがて、ゆっくりと顔を上げる。「確かに、KWSの信用を落とすよう山下に頼んだ。それは認めよう」「だったら――」「だが、それで何が証明できる?」 尊が理玖の言葉を遮った。「俺が白川のシステムへ侵入しろと命じた記録はあるのか? 山下が大雅に何をさせたのか、それを俺が指示した証拠は?」 尊の口元に、再び薄い笑みが戻る。「ないんだろう?」 理玖は何も答えなかった。「疑うのは勝手だ。そこまで自信があるなら、警察にでも持っていけばいい」「もう連絡してる。白川ホールディングスの認証
理玖のスマートフォンに表示されていたのは、白川紗夜の名前だった。「黒瀬です」『会見、見たわ』「そうか」 しばらく紗夜は何も言わなかった。『……多少は申し訳ないことをしたと思ってるのよ』「なんの話だ?」『今、間違えてあなた宛てにメールを送ってしまったの。保存するなり、削除するなり、好きにしてくれて構わないわ』 紗夜はそれだけを言い残して一方的に通話を切った。 理玖はすぐにメールフォルダを開いた。 紗夜から送られてきたメールを確認する。 タイトルも本文もないメールには、いくつかのやりとりの履歴ファイルだけが添付されていた。 その一つを開く。 日付は、堂島尊が紗夜を連れてKWSを訪れる数日前だった。『近いうちに、KWSを買収する計画がある。君達に損はさせない。手を組まないか?』『どういうこと?』『俺は、KWS社長の不祥事を握っている』『それで? うちに何をしろって?』『何もしなくていい。KWSに君達を紹介する。あとは契約を進めてくれればいい』 次のファイル。『あんたのとこの山下って男、まさか何かしたんじゃないでしょうね』『余計なことまでしたなら俺は知らん』『余計なことって何よ』『俺が頼んだのは、KWSの信用を落とすところまでだ。白川に実害を出せとは言ってない』『何させたっていうのよ? お陰でこっちは復旧作業で大損だわ』『君が知る必要はない』 日付を見ると、白川のシステムが復旧した翌朝だった。 そして、三つ目。『KWS買収の話、私たちも乗せなさいよ。損失分補填させてもらうわ』『勝手なことするな。全て終わったら、損失分は補填させてやる』 四つ目は、堂島尊の名刺の画像データだった。 余白には整った字で携帯電話番号が書き込まれている。 理玖が目を見開く。「…&hellip
凜の病室を出た理玖は、ナースステーションの前を通りかかった。 ふと足が止まる。――凜がまたどこかに行ってしまわないよう、見張ってもらうか? そんな考えが頭を過った。 一瞬立ち竦み、頭を小さく振る。――俺は何を疑ってるんだ。――凜は『約束する』って言ってくれただろうが。 再び歩き出して、病院を出た。 車に乗り込んだところで、どっと疲れが押し寄せてきた。 シートの背もたれに体重を預けて、大きく息を吐き出す。 フロントガラスから差し込む太陽の光が目に沁みる。――そうだ、高遠に連絡しないとな。 スマートフォンを取り出し、着信履歴から希美に折り返す。 数コールが鳴って、希美が出た。『社長、奥様は見付かりましたか?』「ああ、お陰様で見付けられた。しばらく入院することになりそうだが……」『それなら良かったです』 希美の声に、疲労が滲んでいるように聞こえた。「株の件はどうなった」『……非常にまずい状況です』「買いが止まらないってことか?」『そうです。ただ、買いを入れている口座の一部が分かりました』「誰だ?」『堂島電気株式会社です』「なんだと……?」――堂島尊。 凜と結婚してから、何かある度にその名前が付き纏っている気がする。 パーティー。 白川ホールディングスとの橋渡し。 そして今回。――本当にただの偶然か?「売りが増えた理由は分かっているのか?」『……恐らくですが、社長の奥様の件です。あのアカウントの投稿が影響しています』 理玖は顎を手で押さえて考え込んだ。――流石にタイミングが良すぎないか? 白川の件が片付いた直後に、今度は凜の過去。
――全部、理玖に知られた?――八年前のことも、あの子のことも……?――それなのに、どうして……。 溢れ出てくる涙の理由が、自分でも分からなかった。「うち、理玖の傍におったら、迷惑かけてまうから……」「何言ってるんだ……。夫婦だろ、俺達」 理玖の声はひどく掠れていた。「うちが、ずっと隠してたから……」 きちんと話そうと思うのに、嗚咽が混じって言葉が続かない。 理玖がゆっくりと首を振った。「俺が聞かなかったからだ。お前は俺のこと聞いてくれたのにな」 二人の間に沈黙が漂った。 凜は手で目元を拭う。「どこまで聞いたん……?」 理玖は一度口を開きかけて、閉じた。 ゆっくりと目を閉じて話し始める。「堂島尊との婚約、凜の義母。それから……俺達の子のことも」――ほんまに全部や……。 凜は俯いて、シーツを握る自分の手を見つめる。「……そっか」 何を言えばいいか分からなかった。「凜」 理玖の呼び掛けに、視線だけを上げる。「Estrellaで再会してからも、俺はお前を何度も傷つけた。八年前の事情を知らなかったからって、許されることじゃない」「そんな……理玖が悪いわけちゃう」「それでも、言ってはいけないことを言った」 理玖は視線を落とした。 凜はそっと手を伸ばす。 指先が肩に触れたところで、理玖のシャツが湿りを帯びていることに気付いた。――ずっと探してくれたんや……。「あのね、理玖。最初、辛くなかったって言ったら嘘になるけど&hel
車のサイドウインドウをノックされる音で、理玖は目を覚ました。「あのー、そこで寝られると困るんですけど」 コンビニのスタッフが眉を顰めて立っていた。 理玖は跳ねるように身体を起こす。「すまなかった。すぐに移動する」 エンジンをかけ、コンビニの駐車場を出る。 フロントガラスの向こうは、昨夜とは別の街のように明るかった。――寝すぎた……! コンソールパネルに表示された時刻を見ると、九時半を回っていた。 歩道に視線を配りながらも、津久井浜駅を目指す。 しばらく進んだところで、スマートフォンが鳴った。 理玖はハンズフリー通話のボタンを押す。『社長、大変です』 希美の声が車内に響いた。「今運転中だ。後にしてくれ」『KWS株に、異常な買いが入っています』「……何?」『市場が開いてから、まとまった買い注文が続いています』「誰が買ってる」『まだ分かりません』「どのくらいだ」『通常の出来高じゃありません。一度戻ってください』 凜と会社。 理玖は奥歯を噛み締めた。――だが、俺は『もう二度と手放さない』と誓っただろうが……。「勝手を言ってるのは分かってる。だから、高遠。……頼む」 一拍、沈黙が落ちた。 そして、小さく息を吐く音が聞こえた。『早く終わらせて帰ってきてください。一つ貸しですよ』 希美が通話を切った。「……助かる」 零れた言葉が、ロードノイズに掻き消える。 アクセルを踏む足に力が籠もる。 津久井浜駅前に着いた時、時刻は十時に迫っていた。 理玖は車を降りるなり、施錠を確かめることもせずに駆け出した。 コンビニに入り、店員に事情を話す。